ハハハ廃墟

サボタージュ

言語は真理を表すにつき適切か

言語は真理を表すにつき適切か。

真理が真理と呼べるなら適切ですが、真理が真理と呼べる確証がないので適切とは呼べないのではないでしょうか。

不可知論は便利ですね、どんなに難しいことを言われても直ぐに話を終わらせることができます。

不可知論をやめて考えてみます。正直真理のはっきりした定義も分からんので今ググりました。

いつどんなときにも変わることのない、正しい物事の筋道。真実の道理。「永遠不変の―」「―の探究」

デジタル大辞泉にありますね。

ここから真理とはすごくデカいものだと言うことがわかりますね。

そもそも3次元的なものなのかもわかりません。この世の因果全てです。もしかしたらあの世も入ってくるかもしれません。もしかしなくても「あの世」という概念があり、僕たちが想像している時点でその想像も真理の一部ですね。

つまり真理とは全てなのです。

我々の認識の外側と内側まで全てひっくるめて真理なのです。

真理の認識は不可能かもしれませんが、真理=全ての総称という形なら言語は心理を表せるのではないかと思います。

これでいいのか?