ハハハ廃墟

サボタージュ

息巻く嫌悪もせず憤る馬鹿ボケ

人が嫌いではないし、人に嫌われたくないし、人に好かれたいし、彼女がびっくりするほど欲しい。

考えれば考えるほど自分に取り柄がない。輝かしい芽もなければわずかにぽつぽつと在るのかもしれない芽に水を遣る気概もない。そしてそれをどうにも肯定していまっている。

プライド等々を下らない、バカだ、アホらしいと捨て去ってきた今、それの大切さが分かった気がする。勘違いしてなきゃあいけないのだ。特に僕のような奴は。

勘違いの惰性でダラダラと努力しなくちゃいけなかったんだ。

しかしいよいよ今は遅い。もう後は下の恐怖でずるずると足を踏み外さないように生きているだけのような感じだ。かなりどうしようもない。

その癖欲などというものは人一倍だ。まぁ持たざる者ほど大きな富を目指すというのはかなり当然な事らしいが。

他人が居ると劣等感や、恐ろしさが針の筵のようで辛い。辛さは怒りへと変わり、周囲の人間みなみな死ねと思ってしまう。

人間が嫌いなのではなくて、自分の視界に居る人が、見えないところで喋っている人間が嫌いだ。

希望が見えないので他人の不幸を祈っている。こう書きながらも祈っている。友達やフォロワーが事故にあって下半身不随になったり障害者になったら僕は多分嬉しい。まず最初には嬉しいと思う。事実、友達が事故にあった時僕は嬉しかった。

人間の精神とは見事に捻じ曲がるものだと思う、捻じ曲がるというが僕の視点は捻じ曲がった視点なので、実感としてはない。ただ客観的にはやっぱりおかしなことになってるよなあ。

あー助けてくれ。クソ。