ハハハ廃墟

サボタージュ

不老不死と幸福について

和歌山県立医大 小論文】 「人間が、20歳の時に自分の寿命を決めることができるとするならば、あなたは寿命をどう決めますか? 理由とともに800字で述べよ(100分)」

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私はこのような状況に置かれた場合、寿命を無限、若しくは無量大数年と設定する。

先ず、私にとって最大の恐怖とは死である、そもそもこの世界というのは自分自身の認識により成り立っており、人間はそのうちで「価値」を設定し、それを追い求める生き物である。そして人間が死んだ瞬間その価値は0となる。私は私の設定した価値たちが、そして今後私が見出す価値たちが消えるのが恐ろしい。そして人生が永遠に続くのならばそれはつまり永久に価値を生み出せるということである。

そしてもう一つ、宇宙が生まれて現時点までで138億年と言われる。そして我々が人生について、幸福について、等等「哲学」を始めたのが多く見積もって1億年前、そしてそれについて学ぶなどし、19年考え続けたのが私である。そして今の私の幸福や人生についての「理解」がある。もし私が無限に生きることができるとすれば、それはつまりその1億年、さらに言えば138億年をも超えて生き続けることが可能と言う意味である。

その「理解」は今の私の「理解」の範疇を、そしてこの世のありとあらゆる人間の「理解」の範疇を大いに逸脱する事が予測される。するともう全くその自分にとっての幸福などは予測が不可能である。無限の命に付随する今の私たちの予測する「不幸」などがその時になって「不幸」なのかどうかすらわからない。無限の命は無限の可能性を孕むのである。そして私はその無限の可能性に、現在の自分の「理解」の全く通用しない自分、そして世界に強く魅力を感じる、魅力を感じるというのはあくまで今の自分の「理解」それにより起こる感情に過ぎない。しかしあくまで今の私には今の私の判断しか不可能である。少なくともわたしはそのような可能性を目の前にしてそれを捨てるという判断はできない。